ホモ・エコノミカスの想定は誤っている
今日の主流の経済学は、人々は自分自身の利己心に基づいて合理的な決定をすると想定している(p103)。現在の経済理論は、人間は欲望を満たすために思慮深く判断する合理的で利己的な人間、ホモ・エコノミカスのように行動すると想定している(p102)。そして、こうした合理的な決定によって、全体としては、市場において適切な価格が設定されると想定を進める。けれども、1630年代のオランダ人のチューリップ・バブル以降、2008年の金融崩壊のように、歴史上のあらゆるバブルからは、この想定が間違っていることがすでに証明されている(p109)。
GDPが成長しても人は幸せにならない
動機づけはドーパミン系の報酬回路によってなされ、投資家たちは、自分たちの利益を最大にすることを望んでいるはずだと経済学は想定してきた。けれども、現実の投資アドバイザーたちは、これとは別のシステムが、多くの人たちの経済的な意志決定を突き動かしていることを知ってきた。それは、マネーを含めて、人々を用心させ、リスクを避けさせる安全を懸念する恐怖のニューロン・ネットワークである。さらに、また別の経済学者たちは、利己的な消費者を想定した従来の経済理論を越えて、人々が本当に望むこと、すなわち、より多くのモノではなく、長続きする幸せによって動く経済学の可能性を探っている(p103)。

ごく少数のエリートが法外に豊かになれば、多くの人たちが貧しくなっても、全体的としてはその国はかなりのGDPを維持できてしまう。ごく少数の人々の法外な富は、多くの人たちの不幸を覆い隠してしまう。例えば、子どものデイケアセンター代を支払うために、貧しい両親が家から離れて長い時間を過ごし、生き残るために働き、子どものデイケアのために支払えば、デイケアセンターの利益がGDPを増す。けれども、その家族のストレスは無視される。それが、富を産み出すことで高いランクにある国が、とりわけ、大きな金銭的な格差があるときに、幸せの尺度でトップに立たない理由だ。GDPは、貧しいヘルスケア、教育、住宅、食べ物といった格差を完全に見落とす。そして、そのすべてが、結局は、貧しい者になる、子どもたちの困難を産み出している(p105)。
資本主義では必然的に格差が産み出される

しかも、経済学者E. F.シューマッハー(E. F. Schumacher, 1911〜1977年)が著作『Small Is Beautiful』で明瞭に表現したように、消費ベースのライフスタイルや無限の成長という経済は、持続可能ではない。それはリアリティに適応させなければならない(p105)。
アダム・スミス(Adam Smith,1723〜1790年)やジェレミ・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748〜1832年)のように、発展初期の経済理論は、人間の幸せを経済成功の尺度としてみなしていた。そこで、人生の目的は、私たちの身の回りの世界で、より多くの幸せを創り出し、惨めさを減らすことにあると、レイヤード教授は語る。そして、レイヤード教授から ダライ・ラマ法王は「幸せに関する会議」の招待状を受け取っていた(p103)。
所得格差が小さい社会の方が健康的
「所得格差がより小さく、大金持ちがほとんどいない国の方が健康的であることが認められます」とダライ・ラマ法王は語る(p101)。富がより均一に分配された方が社会全体としての満足のレベルが高まることを示す社会学の研究をダライ・ラマ法王は引用される(p107)。
ダライ・ラマ法王は、はるか以前から、こうしたことを指摘され続けてきたし(p106)、デンマークのような国が、満足感と幸せの評価で最上位に絶えずランクする理由もそこにあるように思えるが(p108)、そのことが、ピケティ教授の強力なデータによって支援されたのは、ごく最近になってからである(p106)。政府の目標がその国民の幸せにあるのであれば、数少ない人たちが極端に豊かになることを援助するやり方よりも、むしろ、より安定するように経済を統制すべきであるとレイヤード教授も論じる(p108)。
法王猊下は共産主義者?
実業家たちと語る機会があれば、ダライ・ラマ法王は、いつであれビジネスの倫理について語られる(p99)。現代社会の枠組みを作るうえで、いま最もパワーを持っているのはビジネスであり、そのパワーはおそらく政府や宗教の力すら越えているからである(p100)。
ダライ・ラマ法王は、資本主義に対して大きな違和感を抱いている。それは、マネーを稼ぐことに一心になるあまり、人々の幸せを考慮せず、慈悲的なモラルが欠落してしまっているからである。
「私はマルクス主義者です。なぜなら、道徳的な側面があるからです」
ダライ・ラマ法王は何度もそう語られ、こと富の公正な分配に関しては、マルクス主義思考には意味があるとの感想をもらされる。
「資本主義は人間が利己的存在だと想定し、お金を稼ぐことや利益をあげることだけに専念しています」
貪欲な金融制度は、人間や地球を犠牲とし(p99)、誇示的な浪費がされる一方で、貧困が広まっている。この一点だけ見てみても、いまの経済システムがどれだけ深い障害を抱えているのかがわかる。そうダライ・ラマ法王は指摘される。資本主義は残虐で貧しき者たちに考慮しない。貧富の格差が広がり、地球は痛めつけられている。
「富は、ただ一人のためのものではなく、社会のためにあるのです。『私、私、私』の重視。これが問題の原因なのです。こうした経済思考がグローバルなレベルで、はたして満足のいく結果をもたらしているのでしょうか。長期的な結果だけでなく、短期的な結果も考慮することももちろん必要です。ですが、今は、あまりにも、そう、強迫観念的に短期的な結果に関心がありすぎるのです」
ダライ・ラマ法王は実業家たちに対してこう語られる(p100)。
モラルが腐敗し市場活力を伴わない社会主義はモデルたりえない
より平等に物資がゆきわたり、資本主義には欠落しているモラルをもって、社会が運営されることが望ましい。それが、ダライ・ラマ法王が社会主義を好まれた理由であった。けれども、現実には、マルクス主義は、当初、提案されたようには、どこでも、実施されてはいないとダライ・ラマ法王は笑う(p101)。
労働者階級のことを気にかけると口にしながらも、現実には失敗した社会主義の独裁実験に対してはダライ・ラマ法王は批判的である。「社会主義」という美名の下、その言葉がまさに腐敗の隠れ蓑となって、私腹を肥やすことにつながっていると批判される(p100)。
いかなる「イズム」も利己主義や搾取によって腐敗してしまう。
「資本主義であれ、社会主義であれ、その経済システムに問題があるわけではないのです。そうではなく、そのシステムにかかわる人々の道徳原則の欠如が問題なのです」とダライ・ラマ法王は語られる。
ベルリンの壁が倒壊して以降、強力な社会主義の歴史を持つ東欧諸国が、資本主義の欠陥を克服することをダライ・ラマ法王は願われ、その旨を友人である、ヴァーツラフ・ハヴェル(Václav Havel, 1936〜2011年)に語った。そして、ハベルは新たに独立したチェコスロバキアの大統領になった(p100)。けれども、こうした国々はただ資本主義の自由市場モデルを受け入れただけだった。
ダライ・ラマ法王は、起業家的な自由が必要だとして、集産主義的な経済モデルはあまりにトップダウンであり、それが市場の活力を弱めたと批判もされる。
ダライ・ラマ法王が心に描く慈悲的経済は、課税制度と健全な社会支援制度によって、自由と利他主義とのバランスが図られたスウェーデンのようなシステムなのである(p101)。
冨から幸せの経済へ

「どうすれば多くの人たちが億万長者になるかではなく、どうすれば誰もが幸せになれるかが、その経済が健全であるかどうかなのです」とダライ・ラマ法王は主張される(p101)。
社会の本当の進歩を表すものは、単なる金銭的な獲得量の多寡ではなく、人々の幸せレベルで反映されるべきだというのがダライ・ラマ法王の考えである。この議論は、経済学者たちの間でも論争がなされているが、多くの人たちを動かした。

収入は、人々の幸せのわずか1%のウェイトを占めるにすぎない。そこで、GDPよりも意味がある幸せのための測定基準を見出すため、レイヤード教授も最前線に立っている。そして、国民がどれだけ人生を満喫できるかによって、国家は評価されなければならないと考える。そして、教授は、貴族院の議員でもあるが、この課題の政策化に向けて努力した。そのこともあいまって、イギリスは、その公式統計に生活満足度の尺度を含めた初めての国となった(p109)。
幸せの秘密〜鎮痛剤にすぎない大量消費の快楽
「いったい何が幸せの源なのでしょうか」
プリンストン大学の一人の学生がダライ・ラマ法王に、こう問いかけた。答えを待つ学生たちを見まわしながら、ダライ・ラマ法王は、一呼吸、間をおかれ、大声で「お金!」と言い、また一呼吸おいて「セックスとナイトクラブ!」と語られた。かようにダライ・ラマ法王はよく冗談を口にされる。そして、こう付け加えられた。
もし、唯物論的なレンズで世界を見て、満足感や嬉しさの源として、ショッピング、食べ物、音楽、スポーツ観戦といった感覚的な刺激にだけ目を向けていれば、永久に不満足なままにとどまる。なぜなら、こうした喜びは短命だからである。いま中国やインドといった新興経済国においても消費主義が急速に広がっている。けれども、それは、本当の幸せにはつながらない。むしろ人生の価値を引き下げてしまう。
ダライ・ラマ法王が、以前に長旅の途中で立ち寄られたある大金持ちの家で、法王は、洗面所にある医薬品入れの扉が開いていたため、その中身を見てしまった。精神安定剤と鎮痛剤がいっぱいだった。
ダライ・ラマ法王は、近代経済学が基礎としている想定そのものを批判する。
「多くの人たちは、マネーが幸せな人生の源だと感じています。確かにマネーは必要ですし、役立ちます。ですが、マネーが多くあるからといって、それは幸せをもたらしません。幸せをマネーに頼ることは、あまりにも唯物論的なのです。こうした生き方の欠点は、たとえ自分自身を楽しませたとしても、精神的に深いレベルでは、こうしたうれしさ(joyfulness)に多くの心配事が伴っていることなのです(p106)。つまり、それは、鎮痛剤にすぎません。気が散らされている間は、しばらくは痛みを忘れることができます。けれどもまだ痛みはそこにあるのです。一時的な安心は若干感じられるかもしれません。ですが、心の底から心配事がわきあがるときには、幸せを忘れます。ですから、満足するためにはもっと深い基礎が必要なのです」。
ダライ・ラマ法王はこう明言される。
「痛みを和らげるには、感覚の満足を通じて働くのではなく、精神的なレベルそのもので働くことが適切です」
つまり、満足の源としてモノに頼る態度を変え、物質主義から離れる必要がある。もちろん、それは容易ではない。
「これを変えることは困難です。とりわけ、最近では、多くの人たちが、物質的な進歩が続けば、すべてがうまくいくと確信しています。ですが、その考え方は、間違っています。物質的な財は、肉体的には快適さを提供しますが、マインドには快適さを提供しません。ですから、今日の若者たち、そして、まだ産まれていない人たちが、従属した本当の人生の基礎についての「適当な教育」を受けることが、唯一の望みだと思うのです」(p107)。
友人や家族に対して、親切心、愛情、信頼を感じることで、贅沢をするよりも幸せになれるとダライ・ラマ法王は指摘される(p107)。そして、レイヤード教授も数多くのデータから、収入以上に、健康や他者との関係性の質が、大きく幸せに影響すると指摘する(p107,p108)。
幸せのためのアクション

「自分の身の回りの世界をより幸せにし、より不幸を減らそうと試みます」
資格を得た人は、誰であれ、地元グループを立ち上げることができ、自分自身を幸せにするだけでなく、自分が暮らすコミュニティ、職場、学校をより幸せにしようとも努力する。
各ミーティングは、数分間のマインドフルネスと人々に感謝することから始まり、困っている誰かを助けたり、孤独な人とつながる行動を取ることで終わる(p110)。
かつては、幸せな人生のための展望は、宗教が提供してきた。けれども、もはやかつて宗教が人々に与えてきた倫理や感情面での役割を果たせない。そこで、ぽっかりと空いた宗教の空隙を埋め成就した幸せな人生の展望を広げるため、レーヤード教授らは、非宗教的な運動「幸せのためのアクション」を始めたのである(p109)。
例えば、プログラムのあるアクションでは、グループは8週間ミーティングを行う。
「人生において何が本当に大切か」という問いかけから始め、「何が私たちを本当に幸せにするのだろうか」と続けていく。そして、逆境に対処して、良い人間関係を保ち、他者を気づかい、より楽しい職場やコミュニティを構築することが、その後のセッションでは続く。そして、「どうすれば、私たちはより幸せな世界を構築することができるか」で終わる(p110)。
ジャスミン・ホッジレイク(Jasmine Hodge-Lake)さんは、変性脊柱病等、10年以上も慢性的な痛みに苦しみ続け、働くこともできず、絶望の日々を過ごして来た。
「もう望みがないと感じていました。私の人生には命はありません。周囲には誰もいて欲しくないし、誰も私のことを本当には好きでないと思っていました」そう彼女は想起する。
とはいえ、偶然に、幸せのためのアクションのウェブサイトにたどり着く。そこには、他の人たちとつながり、幸せな暮らしを送るための鍵となる10のシンプルなリストが含まれていた。彼女は、このリストが幸せになることができる実践的なステップだと実感し、8週間のコースに参加した(p111)。
「戦うよりも、むしろ、それを受け入れてください」

次週には、仕事に意味があると考え、それに没頭(fulfilling)したことで、また別の気づきがやってきた。こうして、ホッジレイクさんは、同じように慢性的な痛みに苦しむ他の人たちのために働くことを決意した。そして、そのことで彼女自分も助けられることを理解した。
「まだかなり落ち込んではいます。ですが、多くのことを始めました。『幸せのためのアクション』から受け取ったツールがどれだけ役立ったかは驚くほどです。自分にもやれることがあり、それが、大きな違いを産み出せることがわかったので、私は、未来に希望を感じ始めたのです」(p111)。
いま、ホッジレイクさんは、『イギリスの医療制度のための患者・ケアのガイドライン改善計画(program to improve patient-care guidelines for Britain's medical system)』の「患者の声(patient voice)」となり、『幸せな人生のための10の鍵(Ten Keys to Happier Living)』のカードを人々に渡して、幸せのためのアクションの言葉を広めている。
幸せのためのアクションとコースがなければ、今の私はいません。まだ悪い日も過ごしてはいます。人生も完璧でありません。ですが、それは本当に私を助けてくれました。いま、私は、変わろうとしているのです(p111)。
慈悲を指向する経済だけが、最も貧しき者と最も豊かな者との巨大な格差を克服できると、ダライ・ラマ法王は主張される。そして、従来の経済学を越えた、そうした進歩的な思考だけが、幸せを推進できると主張される。本当の幸せは、ささやかな物質的な快適さから始まるが、満足やケアといった心の質を磨くことにもかかっている。ダライ・ラマ法王の見解によれば、経済発展の目的は、双方のゴールを進めることに見出せる(p109)。幸せのためのアクションへの支持の印として、ダライ・ラマ法王は、この組織の「後援者」であることに同意された(p110)。
【画像】
リチャード・レイヤード教授の画像はこのサイトより
サイモン・クズネッツ教授の画像はこのサイトより
トマ・ピケティ教授の画像はこのサイトより
トゥプテン・ジンパ博士の画像はこのサイトより
ガス・オドンネル氏の画像はこのサイトより
マーク・ウィリアムソン博士の画像はこのサイトより
ジョン・ガバットジン名誉教授の画像はこのサイトより
【引用文献】
Daniel Goleman, A Force for Good: The Dalai Lama's Vision for Our World, Bantam,2015.